気象庁が2026年2月10日に行った報道発表には、プログラムの不具合が気象情報に与えた影響が隠されている可能性がありました。
その事実を知るために、気象庁に対して情報公開請求しました。その結果、一部の防災気象情報については、影響を調査しないまま、影響はなかったと結論づけていた事実が判明しました。
今回は、開示請求して公開された文書を読み解きます。
この記事は、シリーズ 「速報版解析雨量の過大算出」を考える の第11回です。
令和8年5月下旬には、防災気象情報の体系が大きく変わります。この記事は、令和8年4月時点の情報体系に基づきます。
前回までのおさらいです
気象庁は、2025年6月4日に、解析雨量・降水短時間予報において、ドップラーレーダーの二重偏波情報の利用を高度化するプログラムを導入しました。
その後、雨量(速報版解析雨量)を過大に算出するという不具合が確認されたため、同年7月31日に、以前のプログラムに戻しました。
2026年2月10日の報道発表では、「不具合は降水量を過大に算出するものであったため、情報の発表漏れが無かった」というスタンスのもと、「雨量を過大に算出した期間の防災気象情報を確認したところ、特段の問題は確認されなかった」と結論づけました。
速報版解析雨量における気象レーダーの二重偏波情報の高度利用の再開について | 気象庁
しかし、報道発表に書かれた「キキクル等のその他のプロダクト」には、実際には、大きな問題が隠されている可能性があるのです。
そこで、事実を知るために、不具合の影響調査結果についての情報を公開するよう、気象庁に対して情報公開請求しました。
⬇️前回(第10回)の記事
ここまでが、前回のおさらいです。
今回の記事は長文ですので、最初に要旨を示します。
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この記事の要旨
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開示文書の一覧
開示された文書は、次の3種類です。
1 影響調査の結果と今後の対応について
2 他のプロダクトへの影響
3 (検証結果)記録的短時間大雨情報
このうち、1の「影響調査の結果と今後の対応について」の内容について、この記事で解説します。
2と3は、1の調査結果の一部を補足する参考資料です。
「影響調査の結果と今後の対応について」
これは、気象庁大気海洋部が作成した行政文書です。
タイトルは「速報版解析雨量の過大算出の影響調査の結果と今後の対応について」で、2026年2月3日の日付となっています。
ヘッダには「庁内関係官説明用」とありますから、気象庁幹部への説明資料として使われたと考えられます。
文書は、A4用紙3ページで、
1 プログラムの不具合の原因と改修
2 不具合の影響の調査
(1)不具合による降水量への影響
(2)不具合によるその他のプロダクトへの影響の調査
3 部外への説明について
(1)報道発表
(2)自治体向け
(3)データ利用者向け
4 スケジュール
という構成です。
これらの項目を、順を追って読み解きます。
文書の概要
文書の冒頭に、概要が記されていますので、引用します。
速報版解析雨量について、令和7年6月4日に導入したプログラムに雨量をやや過大に算出する可能性があることがわかり(最大でも1.2倍程度)、令和7年7月31日に報道発表を行うとともに、令和7年6月4日の変更前のプログラムに戻した。
速報版解析雨量の過大算出(令和7年7月31日報道発表)のプログラム改修と並行して、過大算出によるその他のプロダクトの影響について調査した。この調査結果と今後の報道発表や自治体等への説明予定についてご説明する。
不具合の原因
速報版解析雨量は、解析時刻の60分前から10分前までの50分間解析雨量と、解析時刻の前10分間解析雨量をそれぞれ算出して求めています。
不具合は、このうち、50分間解析雨量の算出処理が間違っていて、本来の約1.2倍の値になっていたというものです。
以前の記事で、「速報版解析雨量(60分前から10分前)への偏波間位相差変化率の利用」において不具合があったことを書きました。しかし、どのような不具合があったのかについては、報道発表資料には記載されていないため、詳細はわかりませんでした。
⬇️以前の記事
開示文書によると、その不具合は、50分間の積算雨量を算出するところを、60分間の積算雨量を算出してしまうというものでした。このため、 解析雨量を約1.2倍(50分積算雨量が60/50倍+10分間雨量)に算出していたのですね。
ただし、いつでも約1.2倍に算出されるのではなく、二重偏波情報の高度利用が行われる強雨域に限られます。
不具合の降水量への影響の調査
今回の不具合は、速報版解析雨量を、約1.2倍に算出することがあるというものでした。
このことから想定されるとおり、不具合によって、降水量が本来の値と比較して、同等か過大に算出されることが確認できたと報告しています。
不具合の他のプロダクトへの影響の調査
降水量以外のプロダクトへの影響は、次の5つに分けて報告されています。
a 顕著な大雨に関する気象情報
b 記録的短時間大雨情報
c 危険度分布(キキクル)
d 大雨警報、洪水警報、土砂災害警戒情報
e 線状降水帯半日前予測の実績表
このうち、aからcの3つのプロダクトへの影響は、2026年2月10日の報道発表「速報版解析雨量における気象レーダーの二重偏波情報の高度利用の再開について」の【別紙】1から3に書かれた内容と、ほぼ同じです。
また、eは、同じ報道発表の【別添】資料の内容とほぼ同じで、aの内容と関連しています。
そして、dについては、たった3行の報告しかしていません。
わたしの意見は、a(およびe)とbについては、以前の記事に書いたとおり、
a(およびe) 顕著な大雨に関する気象情報には、大きな問題はない
b 記録的短時間大雨情報は、不要な情報を発表したという問題があるが、キキクルを適切に予想していれば、大きな問題とはならない
というものです。
⬇️以前の記事(aとbについて)
危険度分布(キキクル)への影響
cの危険度分布(キキクル)については、土砂災害についてキキクルの紫の出現頻度がどの程度過大だったかが重要です。キキクルの赤以上の出現頻度しか調査しないのは問題である、とわたしは考えています。
⬇️以前の記事(cについて)
報道発表だけでなく、開示文書でも、キキクルの紫の出現頻度の違いについては触れられていません。つまり、調査をしていないということです。
開示文書から引用します。
c 危険度分布(キキクル)
・キキクルを再計算して赤(警報相当)以上の出現頻度を比較した結果(※)、再計算後の頻度は2.2%減(2,429→2,376)。(→参考資料P5)
※二次細分区域、12時間以内は同一事例と仮定して検証。
キキクルの赤以上の出現頻度を調査したにも関わらず、なぜ、キキクルの紫の出現頻度を調査しないのでしょうか? あるいは、調査したけれども報告していないのでしょうか?
土砂災害の危険度が過大に算出されて、誤って紫に予想されたとすると、不必要な土砂災害警戒情報を発表した可能性が出てきます。このことは、自治体による不必要な避難指示の発令の可能性へとつながります。また、住民の自主的な避難にもつながります。
ですから、危険度の過小評価がなかったからといって、「防災気象情報への影響については、特段の問題は確認されなかった」と、言い切れるものでは決してありません。
大雨警報、洪水警報、土砂災害警戒情報への影響
dの、大雨警報、洪水警報、土砂災害警戒情報への影響調査には、大きな問題があります。全文を引用します。
d 大雨警報、洪水警報、土砂災害警戒情報
・予報官が予測資料やキキクル(危険度分布)から総合的に判断して発表するものであり、●件中●件という表現はできないが、最大でもキキクルと同程度の影響に留まると考えられる。
下線も、原文の表記そのままです。

この「調査」の問題点
ここでは、最も重要な情報である、土砂災害警戒情報に絞って考えます。
「調査」をせずに、影響を評価している
まず、不具合による土砂災害警戒情報への影響を調査せずに、「キキクルと同程度の影響に留まると考えられる」と報告しています。
調査をしていないにも関わらず、想像で影響を評価しています。これは、調査でもなんでもありません。ただの推測でしかありません。
「予報官が総合的に判断」で説明から逃げている
大雨警報や洪水警報、土砂災害警戒情報は、「予報官が予測資料やキキクル(危険度分布)から総合的に判断して発表するもの」であることから、これらの情報の何件が影響を受けていたかは判断できないとしています。
確かに、目先1, 2時間の降水予測の誤差や変動によって、これらの警報や情報を発表する必要性が変化するため、「総合的に判断」することがあります。
しかし、それを言い出すと、警報や情報への影響の調査は、何一つ行えません。
いま求められている調査は、「土砂災害警戒情報の発表基準に到達する頻度が変化するかどうか」なのです。
土砂災害警戒情報は、土砂災害の危険度の紫が2時間先までに予想された場合に発表するものです。予想資料の信頼性が低い場合に「総合的に判断」することはあり得ます。しかし、「実況で」危険度が紫に到達すれば、躊躇なく土砂災害警戒情報を発表しなければなりません。
正しいプログラムで再計算すると、「実況で」危険度が紫に到達する頻度は、どのくらい変化するのでしょうか?
「総合的に判断」を言い訳にして、このような必要な調査から逃げていると言わざるを得ません。
「●件中●件という表現はできない」は本当か?
わたしが数えたところ、不具合のあるプログラムが使われていた、2025年6月4日から7月31日までの期間には、142本の土砂災害警戒情報が発表されています(解除を含む)。
ひとつの府県での一連の大雨に対する複数回の土砂災害警戒情報を、まとめて1本と数えると、この期間内に54本の土砂災害警戒情報が発表されています。
群馬県 10本
鹿児島県 5本
福島県、長野県、宮崎県 各4本
三重県 3本
栃木県、山梨県、岐阜県、沖縄県 各2本
16の府県 各1本
たとえ「総合的に判断」していたとしても、実際に54本の土砂災害警戒情報を発表したのは事実です。
そして、正しいプログラムで計算した場合に、危険度の紫が出現しなかった市町村はなかったのでしょうか? どんなに総合的に判断したとしても、紫が出現しなければ土砂災害警戒情報を発表することはありません。
その場合、ある府県に対して発表する1本の土砂災害警戒情報に、複数の市町村が対象として含まれていて、その対象となる市町村の数が減るだけかもしれません。このことをもって、「●件中●件という表現はできない」と言っているのでしょうか?
しかし、これは本質的なことではありません。
土砂災害警戒情報は、府県単位で発表されますが、その内容は、各市町村を対象としたものだからです。どの市町村に対して危険度の紫が予想されたかを伝えるための情報なのです。
気象庁ホームページには、次のように書かれています。
土砂災害警戒情報は、大雨警報(土砂災害)の発表後、命に危険を及ぼす土砂災害がいつ発生してもおかしくない状況となったときに、市町村長の避難指示の発令判断や住民の自主避難の判断を支援するよう、対象となる市町村を特定して警戒を呼びかける情報で、都道府県と気象庁が共同で発表しています。
※ 太字はこの記事の筆者による
ですから、土砂災害警戒情報への影響を調査するということは、対象となる市町村に影響があったかどうかを調査するということなのです。
それを怠って、調査をせず、報告を行わなかったのです。
「キキクルと同程度の影響」の意味
「キキクルと同程度の影響」とは、どのような影響でしょうか。
正しいプログラムで再計算すると、キキクルの危険度の赤以上の出現頻度が2.2%減少したと報告しています。
紫の出現頻度の変化は報告されていないのでわかりませんが、仮に、これも約2%減ったとしましょう。そして、これらの紫の危険度の出現が、完全に独立だとすれば、土砂災害警戒情報の発表も約2%減ることになります。
実際には、一連の大雨によって、同一市町村(二次細分区域)で紫が出現することがありますから、2%までは減らないと考えられます。
しかし、違いがゼロではない可能性があります。というよりも、その違いを調査しなければならないのです。
土砂災害警戒情報は、土砂災害の警戒レベル4に相当する情報です。不必要な土砂災害警戒情報が一つでも発表されれば、各自治体はそれぞれの地域防災計画に基づいて、土砂災害の危険地区を重点的に巡視して、避難指示の発令を検討します。
また、避難指示が発令されていなくても、住民自らが避難の判断をするよう、気象庁もパンフレット等で呼びかけています。

このような土砂災害警戒情報の重要性を考えれば、「キキクルと同程度の影響に留まると考えられる」という報告で済ませるのは非常識です。
部外への説明について
開示文書の、「3 部外への説明について」には、次の項目が書かれています。
(1)報道発表
(2)自治体向け
(3)データ利用者向け
(1)は、上で書いた検証結果についてお知らせして、停止していたプログラムの再開についてお知らせする、としています。これが、2026年2月10日の報道発表です。
(3)は、「配信資料に関するお知らせ」で、停止していたプログラムの再開についてお知らせする、としています。これも、2026年2月10日に発表されています。
https://www.data.jma.go.jp/suishin/oshirase/pdf/20260210.pdf
(2)では、基本的に(1)の報道発表資料をもとに説明することとしていて、「問合わせのあった自治体に対しては個別の対応を行う」としています。
また、都道府県に対しては、土砂災害警戒情報の共同発表者であることから、「再計算後の土壌雨量指数の確認結果を必要に応じて共有し説明するなど、本省砂防部とも連携しながら個別の対応を行う」としています。
この表現からは、土砂災害警戒情報の重要性を考慮しているように思われます。
また、「再検証後の土壌雨量指数の確認結果」資料が存在するようです。それならば、市町村ごとの危険度の変化を既に調査している可能性があります。
今後の対応について
行政文書を開示したことによって、プログラムの不具合による土砂災害キキクルの紫や、土砂災害警戒情報への影響を調査していないことが明らかになりました。それにも関わらず、プロダクトに特段の影響はなかった、と結論づけたのです。とても悪質ですね。
そして、再計算後の土壌雨量指数を確認している可能性も高く、「総合的に判断」を逃げ道にして、調査結果を公開しないことにしたようです。これもとても悪質ですね。
この結果を受けて、わたしは、次に、「再計算後の土壌雨量指数の確認結果」を情報公開請求しようと考えています。
2026年5月29日には、新しい防災情報体系に移行します。しかし、気象庁(の一部の部署)がこのような隠蔽体質なままでは、状況は何も変わりません。
もちろん、気象庁の現場の方々、技術部門の方々は、精力的に働かれていることを理解しています。大気海洋部業務課の判断がおかしいのでしょうね。
次の動きがありましたら、新しい記事を書きたいと思います。
長い文章を、ここまでお読みいただき、ありがとうございます。